ソニー十時CEO、エレクトロニクスの巨人をエンタメ企業に作り替える

ソニーの売上の3分の2以上が映画・音楽・ゲームから生まれている。十時裕樹CEOが語ったのは、エレクトロニクスへの郷愁を断ち切る覚悟だった。

ソニー十時CEO、エレクトロニクスの巨人をエンタメ企業に作り替える

ソニーの売上の3分の2以上が映画・音楽・ゲームから生まれている。十時裕樹CEOが語ったのは、エレクトロニクスへの郷愁を断ち切る覚悟だった。


80年の歩みを反転させた男

1946年、焼け跡の東京でラジオ修理店として産声を上げた企業がある。テープレコーダー、トランジスタラジオ、トリニトロン、ウォークマン、PlayStation。ソニーの歴史はそのまま、日本の消費者向けエレクトロニクスの歴史だった。

2026年、そのソニーの年間売上の3分の2以上が映画、音楽、ゲームから生まれている。家電メーカーだったはずの企業が、いつの間にかエンタテインメント企業になっていた。

WSJが報じたところによると、CEO十時裕樹(Hiroki Totoki)氏は東京本社でのインタビューで、こう述べている。

伝統的な事業を大切にしている。だが同時に、変わらなければならない

1987年にジュニア・トレジャラーとしてソニーに入社した十時氏は、2025年4月にCEOに就任した。エレクトロニクスの黄金期を社内で30年以上にわたって見てきた人物が、自らの手でその比重を下げようとしている。

テレビを手放し、半導体を組み替える

十時氏がCEOに就いてからの約1年半で、ソニーの事業構造は目に見えて変わった。

2026年3月、テレビ事業をTCLとの合弁会社BRAVIA Inc.に移管する正式契約を締結した。出資比率はTCL51%、ソニー49%。テレビの開発・製造・販売・サービスのすべてが新会社に移る。事業開始は2027年4月の予定だ。ウォークマンとカラーテレビでソニーを世界ブランドに押し上げた消費者向けエレクトロニクスの中核が、中国企業との合弁に委ねられる。

5月には半導体子会社ソニーセミコンダクタソリューションズが、TSMCと次世代イメージセンサーの合弁設立で基本合意した。熊本県合志市のソニー新工場内に開発・製造ラインを設ける。ソニーが過半出資の筆頭株主となり、センサー設計のノウハウとTSMCの製造技術を掛け合わせる。8月11日には正式な合弁契約を締結し、2029年の量産開始を目指している。

そして2025年10月、金融事業のスピンオフが完了した。ソニーフィナンシャルグループは東証プライム市場に独立上場し、ソニーの持ち株比率は約16%まで下がった。かつてソニーの利益を下支えしていた保険・銀行事業が、連結から外れた。

十時CEO下のソニー事業再編
2025年4月
十時裕樹氏がCEOに就任
1987年入社の生え抜き。CFO・COOを経て経営トップへ
2025年10月
金融事業を分離
ソニーフィナンシャルグループが東証プライムに独立上場。持ち株比率は約16%に
2026年3月
テレビ事業をTCLとの合弁に移管
BRAVIA Inc.設立。出資比率TCL51%・ソニー49%。2027年4月に事業開始予定
2026年5月
TSMCとセンサー合弁で基本合意
熊本県合志市の新工場に開発・製造ライン。8月に正式契約、2029年量産開始予定
2026年7月
四半期営業利益が過去最高を更新
売上高2兆8378億円(+8%)、営業利益4765億円(+40%)。スパイダーマン新作は初週末に全世界で約9億3200万ドルを記録
※2027年3月期第1四半期(2026年4〜6月期)の決算数値。スパイダーマンの興収は7月31日公開後の初週末

3つの動きに共通するのは、エレクトロニクスと金融という「旧ソニー」の資産を整理し、エンタテインメントとイメージセンサーに経営資源を集中させる設計だ。

スパイダーマンが証明したもの

その設計が、数字で報われ始めている。

2026年7月31日に全米公開された『スパイダーマン:ブランニューデイ』は、初週末の北米興行収入で3億6000万ドル(約570億円)を記録した。2019年の『アベンジャーズ:エンドゲーム』が持っていた歴代最高記録を上回り、全世界の初週末興収は約9億3200万ドルに達している。

ソニー・ピクチャーズにとって、スパイダーマンは自社制作でありながらマーベル・スタジオとの共同プロジェクトだ。映画が稼ぐだけでなく、PlayStation向けゲームや関連商品のIP活用が連鎖的に回る仕組みになっている。十時氏が「ゲームとアニメを統合する方法を模索している」と語ったとされるのは、この連鎖をさらに太くする意図だろう。

音楽部門にも追い風が吹いている。映画『Michael』(ライオンズゲート制作)が全世界で10億ドルを突破し、史上最高興収のバイオピック映画となった。この映画をきっかけにマイケル・ジャクソンの楽曲カタログへの関心が再燃し、ソニーミュージックの四半期売上は前年同期比22%増を記録。『Thriller』と『Bad』が同四半期の売上上位に入った。

アニメも稼いでいる。Crunchyrollの有料会員は2026年3月末時点で2100万人を超え、『鬼滅の刃 無限城』は2025年に全世界で7億ドル以上の興行収入を上げた。ソニーは台湾・韓国へのCrunchyroll展開も進めており、アニメを映画・音楽に次ぐ第3のエンタテインメント柱に育てようとしている。

四半期決算が裏書きした好調

2026年4〜6月期(2027年3月期第1四半期)のソニーグループ連結決算は、売上高が前年同期比8%増の2兆8378億円、営業利益が40%増の4765億円。ともに第1四半期として過去最高だ。通期の営業利益見通しも8%引き上げ、1兆7200億円とした。

ゲーム&ネットワークサービス部門の営業利益は37%増の2020億円。PlayStationの月間アクティブユーザーは1億2500万と、6月としては過去最高を記録した。イメージセンサー部門も四半期として過去最高の営業利益1222億円を叩き出している。

ソニーのエンタテインメント各柱の直近実績
部門指標実績
映画
スパイダーマン
ブランニューデイ
初週末(全世界)約9億3200万ドル
(歴代2位)
Michael累計(全世界)10億ドル突破
(史上最高バイオピック)
音楽・ゲーム・アニメ
音楽部門四半期売上前年比22%増
ゲーム部門PSN月間利用者1億2500万
Crunchyroll有料会員数2100万人超
連結(2026年4〜6月期)
ソニー
グループ
四半期営業利益4765億円(+40%)
第1四半期過去最高
※映画の興収は2026年7〜8月時点。音楽・ゲーム・アニメは2026年4〜6月期決算。Crunchyrollは2026年3月末時点

米国関税については約800億円のリファンドを見込んでおり、そのうち約70%はすでに第1四半期に受領済みだという。

PS6という未知数

好調の陰に、不確定要素がある。

PlayStation 6だ。通常の7年サイクルなら2027年が自然な投入時期だが、AI需要によるDRAM価格の高騰が計画を揺さぶっている。十時氏は2026年5月の決算説明会で「メモリ価格は2027年度も非常に高い水準が続く」と述べ、発売時期も価格も未定であることを認めた。

Bloombergが2026年2月に報じた情報では、ソニーは2028年から2029年への延期を検討しているという。コンソールの心臓部であるGDDR7メモリの価格が、AI向けデータセンターへの需要に押し上げられているためだ。

十時氏はPS6の発売日を明言していない。アナリストの間では、GTA 6(2026年11月19日発売予定)がPS5世代最後の大型タイトルとなり、PS6はそのさらに先になるとの見方が広がっている。

「God of War」がテレビに来る

エンタテインメント企業への変貌は、ゲームIPの映像化にも及んでいる。

『The Last of Us』のHBO版が成功した流れを受け、ソニーは『God of War』のテレビドラマシリーズをPrime Videoで制作中だ。2018年のゲームを原作とし、ショーランナーはロナルド・D・ムーア。2シーズンの一括発注を受けている。

ゲームを映画やテレビに展開し、その反響で再びゲームの売上を押し上げる。さらにアニメ、音楽、マーチャンダイズへと広げる。十時氏がこれを「フライホイール」と呼んでいるのは、この循環構造のことだ。

AIという両面の刃

エンタテインメント企業にとってAIは脅威でもある。

Deezerの調査によれば、2026年6月時点で同社に毎日アップロードされる楽曲の50%以上がAI生成だった。しかも同社の別の調査では、リスナーの97%がAI生成の楽曲と人の作った楽曲を聴き分けられなかったという。音楽の「洪水」がアーティストの収益を薄めるリスクは現実のものになりつつある。

十時氏はこの問題について、AIは人の創造性を置き換えるものではなく強化するものだ、と述べたとされる。ソニーがAIを活用するか、AIに脅かされるか。それは自分たち次第だ、と。

ソニーの投資家向けプレゼンテーションでは、アニメのキャラクターの髪を動かすといった制作工程へのAI活用事例が紹介されている。アーティストを代替するのではなく、制作コストの高い工程を効率化する方向だ。

エレクトロニクスの巨人はもういない

1988年にCBSレコーズを買収し、1989年にコロンビア・ピクチャーズを約50億ドルで買収したとき、ソニーは世界から「身の丈に合わない賭け」と見られた。コロンビア買収はその後5年間で興行的な惨敗が続き、投資額の大半にあたる減損を計上している。

ジュニア・トレジャラーとして入社2年目だった十時氏は、東京のオフィスからその一部始終を見ていた。30年後のいま、そのエンタテインメントがソニーの売上の3分の2を占めている。コロンビアの賭けは、結果的に正しかった。ただ、正しかったと言えるまでに30年かかった。

そして今、かつての家電の巨人は存在しない。テレビはTCLに委ね、金融は分離し、PCブランドVAIOは2014年に手放した。ブルーレイレコーダーからも2026年に撤退している。

残ったのは、イメージセンサーとエンタテインメント。そして、PlayStationという名前のコンテンツ配信装置。

十時氏に「30年前、ソニーが主にエンタテインメント企業になると想像できたか」と問われたとき、答えはこうだったという。

いいえ、まったく。当時、エンタテインメント産業に言及する者は誰もいなかった

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