小島秀夫氏、物理メディア消滅に「恐怖」。ローマの映画祭で語る
ディスクが消えた先に待つのは、ダウンロードですらない。サーバーの「蛇口」を月額で開けてもらう世界だ。メタルギアの生みの親は、その未来を見据えて「恐怖」と言い切った。
ローマの夜空の下で
ゲームの発表会場でも業界カンファレンスでもない。小島秀夫氏が語ったのは、ローマの野外映画祭Il Cinema in Piazzaだった。7月4日から6日にかけて、ダリオ・アルジェント監督やニコラス・ウィンディング・レフン監督らと並び、映画の上映とトークに参加していた。
SIEがPlayStation Blogで2028年1月以降の新作ゲームについてディスク版の生産を終了すると発表したのは、現地時間7月1日。小島氏がローマに到着する数日前のことだ。
映画祭で物理メディアの話題が振られたとき、小島氏はこう述べた。
「2028年に生産が終わるということで、これはゲームの話ですが、物理メディアで育った自分としては、本当に悲しい。今、映画のBlu-rayやCDを買い漁っている。ゲームの場合はハードディスクにダウンロードするので、データは自分のハードウェアに残る。だがこれがストリーミングに移行すれば、そうはいかなくなる」(Genki氏による英訳、小島氏本人がリポスト)
Hideo Kojima on the end of physical disc production for video games:
— Genki✨ (@Genki_JPN) July 5, 2026
"Since production is ending in 2028, this is about video games, but I grew up with physical media, so I find it really sad. Currently, I’ve been buying up a lot of Blu-rays, such as various movies, and CDs too.… pic.twitter.com/ivL989gOFd
発言はここで止まらなかった。NetflixやAmazonのサブスクリプションを引き合いに出し、核心に踏み込んでいる。
「どこかにサーバーがあって、自分は蛇口をひねる権利を持っているだけだ。月額料金を払えばデータが流れてくる。その結果、自分はデータを所有していない。国の事情や政治、さまざまな考え方の変化があれば、配信が停止されることは当然あり得る。そうなれば、好きだった映画もゲームも遊べなくなる。それが恐怖だ」(小島秀夫氏、Il Cinema in Piazzaでの発言)
5年前の予言
小島氏がデジタル所有権の問題を語るのは初めてではない。現地時間2021年8月5日、Xにこう投稿していた。
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— HIDEO_KOJIMA (@HIDEO_KOJIMA_EN) August 5, 2021
Eventually, even digital data will no longer be owned by individuals on their own initiative. Whenever there is a major change or accident in the world, in a country, in a government, in an idea, in a trend, access to it may suddenly be cut off.
「やがてデジタルデータですら、個人が自分の意志で所有できなくなる。世界で、国で、政府で、思想で、トレンドで、何か大きな変化や事故があれば、アクセスは突然遮断されうる。愛した映画や本や音楽に、自由にアクセスできなくなる。私はhave-not(持たざる者)になる。それが怖い。これは欲ではない」
2021年当時、この投稿はゲームファンの間で小さな話題にはなったが、具体的な動きと結びつく前だった。5年後の今、SIEのディスク廃止発表と重なって再拡散されている。
蛇口はすでに閉められた
小島氏が語った「蛇口が閉まる」シナリオは、仮定の話ではない。
SIEは英国のPS Storeユーザーに対し、スタジオカナルとのライセンス契約終了を理由に、購入済みの映画551本を2026年9月1日にアカウントから削除すると通知した。返金への言及はない。「購入」ボタンを押した映画が、ライセンス契約の都合で消える。
ゲームについても動きがある。2026年3月、PS5/PS4のデジタル購入タイトルに対し、購入後にオンラインでのライセンス認証を求める仕組みが加わった。SIEは「購入後一度だけの認証」と説明している。オフライン環境で長期間本体を使うユーザーにとっては、認証を完了できなければ自分が購入したゲームを起動できないリスクが残る。
ディスク廃止、映画ライセンスの一方的な取り消し、DRM認証の導入。これらは別々の出来事だが、指し示す方向は同じだ。デジタルストアでの「購入」は所有ではなく、取消可能なライセンスに過ぎないという現実が、繰り返し表面化している。
閉まらない工場
SIEの決定は撤回が難しい状況にある。PlayStationのディスクを生産してきたソニーDADCのオーストリア・タルガウ工場は、すでに生産ラインの転換に着手している。自動車用ヘッドライト向け光学マイクロレンズの量産技術に3000万ユーロを投じ、2027年にはさらに1000万ユーロを追加投資する計画だ。
従業員300人はマイクロレンズ生産への再訓練・再配置が進んでおり、ディスク生産量は2028年に現在の約10%まで縮小する見通しだという。
投資と再配置がここまで進んだ以上、批判がどれだけ集まっても、方針転換は困難だ。物理的なディスクを作る場所そのものが、別の製品を作る場所に変わりつつある。
小島氏がソニーに言えること
注目すべきは、小島氏がソニーとの関係を保ちながらこの発言をしている点だ。
コナミからの独立後、SIEの支援を受けてコジマプロダクションを設立し、ゲリラゲームズのデシマエンジンを使って「デス・ストランディング」シリーズを開発してきた。PlayStation独占タイトル「PHYSINT」(フィジント)の開発も発表済みだ。一方でXbox資金で開発中のホラーゲーム「OD」もある。プラットフォームをまたぐ立場にいるが、ソニーとの関係が深いことに変わりはない。
その小島氏が、SIEの方針を名指しはしないものの、ディスク廃止の直後に「恐怖」と明言している。
ゲームの次は映画だ、と
小島氏は発言の最後にこう締めくくった。「2028年にゲームで起きていることは、映画でも起こりうる。みなさんにそのことを心に留めてほしい」
映画もゲームも、所有から利用へ移行する流れは同じだ。違いがあるとすれば、映画はすでにストリーミングが主流であり、物理メディアの消滅に対する危機感が薄い点にある。ゲームのディスク廃止が映画より大きな波紋を呼んでいるのは、ゲーマーにとってはまだ「今起きていること」であり、映画ファンにとっては「とっくに起きたこと」だからだ。
だが小島氏が指摘するのは、「とっくに起きた」側も安全ではないということだ。ストリーミングで観られる映画は、配信元の都合でいつでもカタログから外れる。PlayStation Storeの映画551本と同じことが、どの配信プラットフォームでも起こりうる。
2021年8月 小島氏、所有権喪失を警告 Xに「デジタルデータですら個人が所有できなくなる」と投稿 2026年3月 DRMライセンス認証を導入 PS5/PS4のデジタル購入タイトルにオンライン認証の仕組みを追加 2026年7月1日 ディスク生産終了を発表 2028年1月以降の新作はダウンロード版のみに 2026年7月4日 小島氏「恐怖だ」と発言 ローマの映画祭で「蛇口をひねる権利しかない」と語る 2026年9月1日 購入済み映画551本を削除予定 英国PS Storeユーザー対象、スタジオカナルとの契約終了で返金なし 2028年1月 新作ディスク版の生産が終了 PlayStation向け新作ゲームはデジタル専用に移行 |
ディスクの生産ラインは光学レンズの工場に変わる。購入した映画はライセンスの期限とともに消滅する。サーバーの蛇口を握っているのは、料金を支払っている側ではない。